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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)5974号 判決 1960年4月12日

原告 ダリオ・ブラツハ

被告 角谷栄蔵

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、第一次の請求の趣旨として、「被告は原告に対し別紙目録記載のダイヤモンドを引渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を、第二、第三次の請求の趣旨として、「被告は原告に対し金二、五一五、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

第一、請求の原因として、次のとおり陳述した。

(一)  原告はスペイン人であるが、かねて訴外マテオ・ブラツハと組合契約を締結し、右組合は上海においてブラツハ商会なる商号の下に、原告を代表者として宝石類の売買業を営んでいた。

(二)  ブラツハ商会は、昭和七年三月三一日頃当時の中華民国上海において、その所有にかかる別紙目録記載の装飾用ダイヤモンド(以下本件物件と称する。)につき、被告(受託者)との間に左記のとおりの委託販売契約を締結した。

(1)  被告は別紙目録記載の単価より低い価格では販売しないこと。

(2)  被告はブラツハ商会の請求があれば、右物件を返還するか、又はその価格(合計一二、二五五・九五テールのうち割引金一・九五テールを差引き、一二、二五四テール)を返還すること。(代金決済があるまでは、本件物件の所有権は委託者たるブラツハ商会に留保される約定であり、且つ、このことは商慣習としても確立していたものである。)

(3)  火災、盗難その他如何なる理由による紛失の場合と雖も、被告はブラツハ商会に対し、右価格を現金で支払うこと。

(4)  価格支払の場合はテールで支払うこと。

(5)  支払締切日は昭和七年六月二八日とすること。

(三)  ブラツハ商会は右契約に基き、本件物件を被告に引渡した。

(四)  然るに被告は、右支払期日に至るも、右物件の返還又は価格の支払をしなかつた。

(五)  その後ブラツハ商会(組合)は、昭和七年一〇月一日解散し、組合員であつたマテオ・ブラツハは組合に対する一切の権利義務を原告に譲渡したので、原告は組合財産(権利義務)の包括承継人となり、被告に対する請求権をも譲受けるに至つた。そしてマテオ・ブラツハは、被告に対し昭和三〇年八月二二日到達の書面を以て、右債権譲渡の通知をなした。

(六)  よつて原告は、

(1)  第一次の請求として、所有権に基き、占有者たる被告に対し、本件物件の返還を求める。

(2)  第二次の請求として、仮に被告が右物件を現に占有せず、その返還が不能である場合には、被告に対し填補賠償として金二、五一五、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

そして右賠償を求める金額の算定の根拠は、左のとおりである。

本件委託販売契約においては、本件物件の価格は一二、二五四テールと等価値と目されていたのであるが、右に言う「テール」とは、当時中国において流通していた貨幣を指すものではなく、単に物の価値計算の単位として、銀のある一定量(一テールは約一〇匁の銀に相当する。上海テール、海関テール、天津テール等の名称は銀を計る秤の種類による区別であつて、いずれも銀の重量を単位としており、特定の通貨を指すものではない。)を表示していたに過ぎないものであり、当時中国では貨幣制度が確立していなかつたので、交換手段として信頼し得たのは通貨でなく銀自体であつたから、本件の様な外国人間の取引においては、右の様に銀の重量表示(テール)を以て価値表示の手段とされていたものである。

そして銀はその価値が比較的安定しているので、これを基準として本件物件の現在の価格を測定するのが最も正確に近いものと考えられるところ、現在の銀の価格は一テール(一〇匁)少くとも金二五六円に相当し、(昭和三四年五月二八日の銀相場によれば、銀一キログラムは金一一、〇〇〇円、即ち銀一テール(一〇匁)は金四一二円五〇銭となつている。)前記とのとおり契約当時本件物件は銀一二、二五四テールと等価値と目されていたのであるから、これを右割合によつて円に換算すると、金三、一三七、〇〇〇円となり、右が本件物件の価格相当の金額となるものである。

ただ、原告はその後被告から二、四二七テールの支払を受けたので、右金額から受領額を控除した上、右割合により換算した金二、五一五、〇〇〇円を填補賠償として請求する。

(3)  第三次の請求として、仮に本件物件の所有権が原告に留保されていないとすれば、前記委託販売契約に基き、被告に対し本件物件の売買代金として、金二、五一五、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降完済に至るまで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

そして、右売買代金額の算定の根拠は次のとおりである。本件委託販売契約においては、本件物件の代金額は一二、二五四テールと約定されており、右「テール」が中国の通貨を指すものではなく銀の重量を表示するものであることは前述したとおりであり、現在における銀の価格は一テール(約一〇匁)少くとも金二五六円に相当するので、約定の銀一二、二五四テールに相当する金三、一三七、〇〇〇円が本件物件の売買代金額となる。

ただ、原告は前記のとおり二、四二七テールの支払を受けているので、右金額から受領額を控除した上、売買代金として金二、五一五、〇〇〇円の支払を求めるものである。仮に「テール」が銀の重量単位でなく、中国における通貨であり、本件契約における「テール」の表示が右通貨を表示したものであるとしても、当時のテール建による売買代金債権は現在もなおテール建による債権として存続しているものであり、従つてテール建の債務を履行する場合の換算率は、契約当時の為替相場によるべきでなく、現実に履行する際の為替相場によるべきことは勿論である。

そして、中国通貨たるテールを現在の為替相場によつて日本通貨たる円に換算すれば、前述の様に一テール少くとも金二五六円以上に相当する。よつて前記のとおり一部受領額を控除した上、右換算率により算出した金二、五一五、〇〇〇円の売買代金の支払を求める。

第二、被告の抗弁(一)(二)を否認し、抗弁(二)(三)につき左のとおり陳述した。

(一)  外国為替及び外国貿易管理法違反の抗弁について。

(1)  本件の第一次請求は、被告が現に国内において占有している筈のダイヤモンドの返還を求める請求であり、従つて右ダイヤモンドは、同法第二八条所定の「外国にある財産」ではない。更に同条は、同法施行当時に「外国にある財産」を対象とした規定であつて、同法施行前に「外国にあつた財産」を対象とした規定ではないから、右物件が返還出来ない場合に円貨で支払を求めることは、同条に言う「外国にある財産の取得の代償」でもなければ、右に「関連した支払」でもない。

(2)  また同法の立法趣旨は、国際収支の均衡、特に対外支払の抑制にあるところ、本件の場合は、日本に住所を有する原告(同法所定の「居住者」)から同じく日本に住所を有する被告(同法所定の「居住者」)に対し、原告自身のために円貨による支払を求めるものであり、何等外貨の流出を伴わず、国際収支とは全く無関係であるから、同法の適用はない。

(3)  仮に本件請求が同法所定の許可事項に該当するとしても、許可を得ないでした請求は当然無効となるのではなく、判決を得た後における現実の支払の場合に問題となるに過ぎない。即ち、同条所定の許否は、裁判所において権利義務の存否を確定した後に検討さるべき問題であり、判決前の許可は必要ではない。

(二)  消滅時効の抗弁に対する再抗弁。

(1)  所有権に基く返還請求権は時効にかからないのみならず、被告は、本件契約後原告から屡々請求を受け、再三債務の承認をしているので時効はその都度中断されている。殊に、被告は昭和二八年七月頃原告の事務所を訪れて本件債務を承認し、本件物件の価格を旧レートで換算した金五〇、〇〇〇円を提供して債務を免れんことを申出でた事実がある。

(2)  仮に消滅時効が完成していたとしても、昭和二八年七月当時、被告は右のとおり債務の承認をしたことにより、原告に対し時効の利益を放棄する旨の意思表示をなしたものである。

第三、本件係争の準拠法について次のとおり述べた。

(一)  本件の第一次請求は所有権に基く物件の返還請求であり、第二次請求は物件の返還に代る填補賠償請求である。そして、物件の返還又は填補賠償の支払は、被告が原告の住所に持参してなすべきであり、原、被告共に日本に居住しているのであるから、右係争については当然日本法が適用される。

(二)  原告の第三次請求たる売買代金請求については、法例第七条に従い日本法が適用される。即ち、

(1)  本件委託販売契約は、上海の共同租界においてなされたものであるところ、契約当時原、被告間に準拠法の指定について特段の合意はなかつたのであるが、本件訴訟開始後、第一回の口頭弁論から終始原、被告とも日本の実体法に基いて攻撃防禦の方法を重ねて来たものであるから、訴訟開始と同時に原被告間において、日本法に依るべき暗黙の合意があつたものと看做すべきである。従つて、同条第一項を類推して日本法を適用すべきである。

(2)  仮に同条第一項の適用がないとすれば、同条第二項により行為地法に依ることとなる。そして本件取引がなされた上海共同租界の行為地法については、当時領事裁判で日本人が被告となつた場合には、日本の領事法廷が裁判権を有し、手続は日本法により、実体法についても裁判権を持つ日本の本国法が適用され、副次的に中国の実体法が考慮されていたものであり、又は債務者の本国法が行為地法とされていたのであるから、本件係争の準拠法たる行為地法は、日本法である。

証拠として、甲第一乃至第一六号証(但し同第三、第一一号証は各一、二、同第四号証は一乃至三)を提出し、証人毛利正也(第一、二回)、同西尾半次郎の各証言、原告本人訊問の結果、及び鑑定人磯達夫の鑑定の結果を援用した。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、

第一、本案前の主張として次のとおり述べ。

原告は、訴状及び昭和三〇年三月一六日付準備書面において、被告に対し、委託販売契約に基き売買代金の支払を求め乍ら、昭和三〇年五月四日付準備書面及びそれ以後の準備書面においては、本件物件の所有権が原告に留保されている旨を主張して、所有権に基き本件物件の返還又は填補賠償を請求し、訴を変更したのであるが、右の訴の変更は請求の基礎に変更があるので許さるべきではない。

第二、本案の答弁として次のとおり陳述した。

(一)  原告主張の事実は、すべて否認する。被告は昭和七年三月三一日頃上海において、訴外マテオ・ブラツハから、代金額一二、二五四テール(右「テール」は中国の通貨を表示するものである。)代金支払期日昭和七年六月二八日の約定でダイヤモンドを買受け、その引渡を受けたことはあるが、ブラツハ商会なる組合からは本件物件を買受けたことはなく、原告は当時マテオ・ブラツハの店員であつたに過ぎない。

(二)  仮にブラツハ商会が売主であつたとしても、その契約内容は原告主張の如き所有権留保の委託販売契約ではなく、通常の売買契約であり、ダイヤモンドの所有権は引渡によりブラツハ商会から即時被告へ移転したものである。

(三)  仮に委託販売契約であつたとしても、左の理由によりブラツハ商会はダイヤモンドの所有権を失つている。即ち、委託販売とは、委託者が相手方に一定の価格で販売することを条件に物品を交付し、相手方は之を販売した上契約金を委託者に交付すべきものであるところ、相手方が右物品を他に販売した場合は、委託者はこれと同時に物品の所有権を失い、相手方に対し物品の代金請求権のみを有することになるのであるが、被告は右ダイヤモンドを受領したのち、間もなくこれを他に販売したものであるから、これと同時にブラツハ商会はダイヤモンドの所有権を失い、代金請求権のみを有するに至つたものである。

(四)  更に、右物品の代金は、当時上海における通貨であつたテール貨で支払う約定であり、原告主張の如く銀で支払う約定はなかつたのであるから、被告は右代金を日本円で支払う義務はない。(「テール」とは、原告主張の如く単に銀の一定重量を表示したものではなく、中国において流通していた貨幣の名称である。被告は現に、昭和七年一二月五日、原告の自認するとおり二、四二七テールをテール貨によつて支払つている。)

仮に日本円で支払うとしても、その換算率を争う。昭和七年当時上海テール一テールは、邦貨に換算すると金一円二九銭であり、前記支払済の二、四二七テールを控除した残代金九、八二七テールを、右為替相場によつて換算すれば、被告の支払うべき残代金は金一二、六七八円にすぎない。

第三、抗弁、並びに原告の再抗弁に対する答弁として、次のとおり陳述した。

(一)  仮にマテオ・ブラツハから原告に対し、その主張の如き債権の譲渡がなされたとしても、(包括承継は特定の要件がない限り、認められない)右は本件訴訟行為をなすことを主たる目的としてなされたものであるから、信託法第二条により無効である。

(二)  原告の請求は、左のとおり外国為替及び外国貿易管理法に違反するものである。

(1)  原告は、為替相場につき大蔵大臣の定めなき相場(現在、香港、上海通貨と邦貨との為替相場はない)を以て請求しているのであるから、右は同法第七条に違反する。

(2)  原告は、外国たる上海における財産の取得の代償として、又はこれらに関連して、本邦において同法第六条所定の「居住者」たる被告に対し、支払又は物品の引渡を求めているのであるから、右請求は同法第二七、第二八、第二九条に違反する。

(3)  原告の本件請求は、売買に関する契約に基く外貨債権について債権発生の当事者となる場合であり、又外国における支払、外国にある財産の取得若くは譲渡の代償として、居住者又は本邦にある非居住者と他の非居住者との間の契約に基き、本邦通貨を以て表示される債権について債権発生の当事者となる場合に該当するものであるから、同法第三〇条にも違反する。

(4)  以上の禁止規定は、過去の行為についても適用されるものであり、なお、旧外国為替管理法第一条、同法施行規則第五六条においても、同様の禁止規定が存在していたものである。

(5)  以上の規定の立法趣旨は外貨の流出を防止するにあるところ、本来外国において決済されるべき債権について、債権者たる外国人が本邦の居住者となり、本邦において自由に円貨で決済を受け得られるとすれば、決済を受けた外国人はこれを闇外貨に替えて国外に持去る結果、我国の外貨保有量は減少を来すこととなるので、右禁止規定は本邦における居住者間の決済についても適用を受けることは勿論である。

(三)  本件代金債権は時効により消滅している。

本件債権は商行為に因つて生じたものであるところ、その履行期は昭和七年六月二八日であり、被告は前記のとおり昭和七年一二月五日二、四二七テールの一部支払をしているから、これにより時効の中断があつたとしても、その後五年の経過により昭和一二年一二月五日を以て本件代金債権の消滅時効が完成している。よつて被告は右時効を援用する。

(四)  原告主張の債務承認及び時効の利益放棄についての再抗弁を否認する。

被告は、昭和二八年七月頃、原告の招きにより商取引のために原告方へ赴いたところ、意外にも本件債権の話を持出されたので、すげなく引揚げる訳にもゆかず日本の紳商としての円満解決を図るため、やむなく金五〇、〇〇〇円程度の提供を申入れたに過ぎないのであつて、(右交渉も結局は決裂した)本件債権をすべて無条件に承認したものではない。債務の承認とは債権者の主張する債権額全額を争のないものとして認めることを指称するものであるところ、本件については当初から邦貨換算率の点について原、被告間に意見が対立していたのであるから、被告が原告主張の債権全額を、そのまま承認することはあり得ない。

第四、本件係争の準拠法について次のとおり陳述した。

本件係争については、原被告間において何れの国の法律に依るかにつき明示の意思表示がなされていなかつたのであるから、法例第七条第二項により、行為地法に依るべきである。そして行為地法が何れの国法であるかは不明であり、従つて準拠法は日本法であるとする原告の主張は誤りである。

証拠として、証人櫛谷勝の証言、被告本人訊問の結果、鑑定人吉田俊介の鑑定の結果を援用し、甲第二、第四、第一二、第一六号証の各成立を認め、その余の甲号各証は不知と述べた。

理由

第一、先ず被告の本案前の主張について判断する。

原告が訴状において被告に対し、委託販売契約に基く売買代金の支払を求め乍ら、昭和三〇年五月四日付準備書面(昭和三〇年五月四日の口頭弁論期日において陳述)以後においては、本件物件の所有権が原告に留保されている旨を主張し、被告に対し所有権に基き本件物件の返還又は損害賠償の請求をなしていることは、当裁判所に顕著な事実であり、訴の変更がなされたことは明らかであるが、右両請求はその発生の基盤たる事実を同じくするものであるから、請求の基礎に変更がなく、従つて右訴の変更は適法であり、この点の被告の主張は理由がない。

第二、そこで原告の本案の請求について判断する。

(一)  先ず、原告の第一次の請求について判断すると、原告は所有権に基き、本件の物件の占有者たる被告に対し、右物件の返還を求めているのであるが、被告が現在(本件口頭弁論終結当時)なお右物件を占有している事実については、これを認定するに足る何等の証拠がない。よつて、所有権に基き物件自体の返還を求める原告の第一次の請求は失当である。

(二)  次に、原告の第二次の請求について判断する。

原告は、昭和七年三月三一日頃上海共同租界において原告の属する組合所有に係る本件物件を、日本人たる被告に交付したところ、組合の権利を承継した原告から被告に対する右所有権に基く本件物件の返還請求権の履行が、債務者たる被告の責に帰すべき事由により後発的に不能となつたことを理由に、填補賠償として右物件の価格の支払を求めているのである。そこで先ず、右の法律関係に対して適用されるべき準拠法について判断する。

この点につき原告は、填補賠償の支払は被告が原告方に持参してなすべきであり、原、被告共に日本に居住しているのであるから、日本法が適用される旨主張しているが、填補賠償義務が持参債務であるか否かは、準拠法が決定した後にその国の実体法規に照して判断さるべき事項であり、又原、被告共に現に日本に居住していることから当然に日本法がその実体関係の準拠法となるべきものでないことは勿論である。

原告の右請求は、物権的請求権の行使に代る損害賠償請求であつて、物権的請求権と極めて緊密に関連する請求権ではあるが、物権侵害の実質を持つこの種の損害賠償請求権は、あくまでも物権それ自体又はこれに附従する請求権ではなく、明らかに独立の債権であり、既に物権的請求権がかような独立の債権(填補賠償請求権)に転化した以上、その法律関係に適用さるべき準拠法は、法例第一〇条の物権準拠法ではないものと言わねばならない。そして右損害賠償請求権は、もとより事務管理、不当利得、不法行為等によつて生じた債権ではないが、当事者間の契約から直接生じた債権ではない点において、右の様な所謂法定債権とその性質を同じくするものであり、従つて、右損害賠償請求権については法例第一一条の適用によりその準拠法を定むべきである。

そこで法例第一一条によれば、その債権の成立及び効力については、その原因たる事実の発生した地の法律に依るべきところ、本件填補賠償請求権の発生した地(被告が本件物件を第三者に転売する等本件物件の返還義務の履行を不能ならしめた地)が、何処の地であるかについては、原告の何等主張、立証しないところである。即ち、右地点が日本国内であることについては何等の証明がないのであるから、本件填補賠償請求につき日本法の適用があるとする原告の主張は、その証明を欠くものと言わねばならない。

ところで、或る法律関係につき、適用さるべき準拠法たる特定の国の法律の内容が、如何なる内容であるかは、訴訟当事者の主張立証をまつことなく原則として裁判所が職権を以て調査すべき事項であるが、(即ち、特定の法規の内容は、紛争解決の尺度に過ぎないのであつて、紛争そのものではない。)これに対し、或る法律関係につき適用すべき準拠法が如何なる国の法律であるかは、単に民事紛争解決の尺度の問題であるに止らず、当事者間の紛争の内容そのものであるから、(即ち、本来民事紛争の対象となるべき事項である。)準拠法として特定の国の法規の適用を主張し、その法規の適用により自己に有利な法律効果の発生(請求権の存在)を主張する当事者において、特定の国の法律の適用があることを訴訟上主張、立証する必要があるものと言わなければならない。

従つて、本件填補賠償請求につき、日本法の適用があることを前提とする原告の第二次請求は、その前提事実につき証明がない以上、その余の判断を経ることなく失当として棄却すべきである。

(三)  次に、原告の第三次の請求について判断する。

原告は、昭和七年三月三一日頃上海共同租界において日本人たる被告との間に委託販売契約が締結されたことを理由に、右契約に基き買主たる被告に対し売買代金の支払を求めているのである。そこで右の法律関係に適用さるべき準拠法について判断する。

原告の右請求は、契約上の債権に基く請求であるから、法例第七条によりその準拠法を定むべきところ、契約当時原、被告間において準拠法の指定につき、特段の明示の意思がなされていなかつたことは、当事者間に争がない。

原告は、本件訴訟開始後原被告共に日本の実体法に基いて攻撃防禦の方法を重ねて来たものであるから、訴訟開始と同時に原、被告間において日本法に依るべき暗黙の合意があつたものである旨主張するが、被告が本件訴訟開始当初から、裁判権や訴訟手続の点は別としても、実体関係については、原告の主張事実(日本法に基く請求権の発生要件事実)を全部否認し、その請求を全面的に争つていることは、当裁判所に顕著な事実であり、被告は本件係争につき日本の実体法の適用のあることを当初から無条件に認めた上で応訴しているものとは言い難いので、本件訴訟における原被告の態度により、準拠法指定に関する当事者の黙示的意思の存在を推定することは出来ないものと言わねばならない。

そこで右法律関係については、同条第二項により、当事者の意思が分明でない場合として、行為地法に依るべきものであるが、原告は、本件取引がなされた上海共同租界の行為地法が日本法であると主張し、被告はこれを争うので判断する。

当裁判所が真正に成立したものと認める甲第一四、第一五号証によれば、昭和七年当時上海共同租界においては、日本は英米仏等の一三ケ国と並んで所謂条約国として租界内の自国民に対し領事裁判権を有していたこと、所謂条約国民(日本人)を被告とする民事紛争については、被告(日本人)所属の本国(日本)領事が、原則として被告の本国法(日本法)に従つて審理裁判をしていたこと(但し国際私法上法律の牴触ある事件につき、その実体法に関しては、如何なる程度にまで被告の本国法の適用がなされていたかは、不明である。)が認められる。しかし乍ら、上海の領事裁判手続において、原則として被告の本国法に則つて審判がなされていたと言うことと、当時共同租界において如何なる法律(慣習法を含む)が行われていたかと言うこととは、全く別異の問題であり、当時日本人が上海共同租界において治外法権を有していたことから、直ちに同地域の法律が日本法であると結論することが出来ないことは言うまでもない。(そして当時領事裁判権を有していた国は前記のとおり日本のみではないから、たまたま訴訟上の地位の如何により、訴訟前に発生していた実体上の法律関係を規整する実体法が左右せられて可とする理由を発見することができない。)そして、当時上海共同租界において行われていた法律(慣習法を含む)即ち本件係争の行為地法が日本法であることについて、他にこれを証明するに足る資料がない。

してみると、特定の法律関係について適用さるべき準拠法が、如何なる国の法律であるかは、訴訟上原告の主張立証すべき事項であることは前述のとおりであるから、本件売買代金請求につき、日本法の適用があることを前提とする原告の第三次の請求は、その前提事実につき証明を欠くものであり、その余の判断を経ることなく失当としてこれを棄却すべきである。

以上の理由により、原告の本訴請求はすべて理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川種一郎 奥村正策 山下巌)

物件目録 表<省略>

割引 一、九五テール

差引 一二、二五四、〇〇テール

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